夜更かしは、これから。

好きなものは好き。でも「好き」と言えば何でも許されるとは思わない。

『セクシー田中さん』に励まされた1人として。

自死した方に触れるのでメンタルに響く方はUターンを。

ある1人の漫画家が亡くなった。 
訃報を聞いた時は悲鳴が出て顔が引き攣った。

訃報当日、朝からSNSやニュースを全く見ておらず、日付もあと数時間で変わる22時前に「大変なことが起きた」とSNSに流れてきてるのをようやく知り、何気なしにニュースを開いた。

意味が分からない。頭の中で浮かんだのはまずそれだった。

その漫画家の作品に触れたのは昨年のこと。

失礼ながらタイトルから付けられたものからは程遠いと思ってしまう40歳女性が主人公で、その女性が取り組むあるものも、これまたその女性のイメージからは相反するもので第一印象は面を食らった。

読む前は「もし中年女性が年齢や容姿、生き方を嘲笑われるものだったら…」と思ったのだが、1巻を読み終える頃にはそんなものはすっかり吹っ飛ぶ痛快さで即座に次の巻に手を出していた。

その40歳女性に陰から憧れて、次第にお近づきになり彼女の良き理解者となる23歳の女性。見かけはgirlyを武器にしたフワフワ系女子だが、中身はゴリゴリの堅実派の現実主義者。夢見るより給与明細の将来性に不安を覚える光景は他人事ではない。地に足がつきすぎている。

同時にそんな男性が好む可愛いを装備した彼女が「女として」日頃から複数で手を組む男性の暴力性を察知してそれとなく身を守り、脳内で台本を作りそれを避けるための演技をして、自衛する様子から彼女がこれまでどういう思いで生きてきたか、ということも思い知らされもする。

 

わかりやすいミソジニー男性も出てくる。しかし彼は物語を盛り上がるための飾りで置かれた存在ではなく、話を進めると子供の頃に素直に感情を表に出すことを許されず屈折させられたエピソードがあったり、結婚を望んでいるくせに女性を毛嫌いするその矛盾の裏側も描いている。生まれたその時からミソジニーに染まっている人はいない、と彼を見ながら思ったりもした。1巻では憎たらしかったのにどんどん「たまにはやるじゃん」と見直していった(無神経だが)

 

かたや、根っからの(可愛い)女が大好きで、10歳も下の女性にも平気でアタックしてくる体育会系出身でやることなすことが軽い広告マンの男性。個人的に瞬時に半径5メートルは距離を置きたくなる人間(だった)

しかしこの彼もその表向きの顔からは想像できないほどのなかなかの観察眼を備えており、いわゆるただのお調子者ではない。彼は彼でそういうキャラで身を守って処世術を会得していて、どこか自分の限界値をある程度把握しているようにも伺える。

男の生きづらさを恋敵と居酒屋で話すシーンは非常に稀有なシーンで唸るものがあった。

 

物語の重要なキャラではないが、主人公の40歳女性の両親はこの漫画の救いだ。自分の全てが嫌いで否定的な主人公が唯一寄り掛かれるのが両親で、そのままの彼女を受け入れている2人はとても好印象。大概ルッキズム毒親で描かれそうなものだが、彼女はこの点恵まれていて少し羨ましい。個人的な話だが私の親と正反対。

 

どのキャラも一筋縄で生きておらず(そりゃそうだ)皆それぞれ絡まった糸のようにがんじがらめになる問題を抱えており、その糸の結び目をほぐすことに苦労している。その姿が巻を追うごとに愛おしくなったり、励まされたりした。

少女漫画を(これは比較的大人向けですが)まず読んでこなかったので、この作品にはとても心を揺らされた。

特に最新刊でのあとがきにあったドラマ化の際の作者の想いがとても好きで、自分の漫画を実写化する時に譲れないものをきちんと明文する姿勢は今まで世の原作者は表に出していなかったので、この時は「ドラマも見たら良かった」と思ってしまった。あんなことがあったとも知らずに。

 

訃報が出たのが29日。28日の時点で行方がわからず捜索がかけられたとのことだが、作品を完結させる気持ちがもう抱けないほどの気持ちに追い込まれた中で前日をどう最後過ごしたのかと思うと、言葉にならない。

今回の悲劇は原作者は思った以上に弱い立場に置かれていることが改めて周知された件であるが、私は女性であることでより弱い立場に置かれることが更にあると思っている。

TV局ではないが、今から数年前にとある雑誌レーベルで編集者が複数の女性漫画家へのハラスメントや仕事放棄、身体やメンタルを壊すような要求を再三繰り返したことによって連載の中止や、漫画家による版権引き上げという事態になったことがある。被害者は全員女性。

割を食ったのは創作者だけで、その編集者はその後解雇とはあったが、その後何食わぬ顔で出版業界に戻った可能性もある(それができる業界でもある)

編集者から漫画家へのハラスメントが横行したら漫画家は逃げ場なんてとてもない。

 

先日の佐藤秀峰先生の告発も忘れられない内容だった。原作者への対価も圧倒的に欠けているのも業界の闇。

漫画を買う方で、書き下ろしあるいは特典ペーパーを楽しみに買う方もいるだろうが、それに対して今だに原稿料が支払われてないケースがある。酷いと表紙すら支払われないことすら。最近は限定版で小冊子がつくこともあるし、それもちゃんと支払われてるのか手に取る時に不安に思うことがある。


今回の悲劇で心から願うのは、作家と著作物をお願いだから守って欲しいということ。これ、そんなに難しいこと言ってますか?

それをする気がない出版社や編集者は創作に関わる資格はないし、作品を送り出す立場にいることすらおこがましい。


最後にこんなことを言ってごめんなさい。芦原妃名子先生、生きていてほしかった。

 

芦原妃名子先生の遺作となった作品について評している記事です。作品を知らない方で興味があれば読んでみて下さい。

有料記事がプレゼントされました! 2月4日 23:53まで全文お読みいただけます。
ただ者じゃない40歳独身、女性の生き方考えさせる 「セクシー田中さん」(芦原妃名子):朝日新聞デジタル
https://www.asahi.com/articles/ASM9B53CXM9BPTIL00Z.html